父の家
Manabu Chiba | 13. 2月 2025
Photos: Neoplus Sixten Inc.
建築家 千葉学の自邸「父の家」レポート。千葉の父が長年住んでいた住宅を二人で暮らすために建て替えた。住み始めて暫くして思いがけず家族が増え使われ方が突如変容した。竣工3年後の取材となる。
Father's House, Tokyo, by Chiba Manabu Architects
こちらの写真は2021年竣工当時の様子。前庭の植栽も異なり、窓にはカーテンがなかった。
(Photo: Koji Fujii)
少々長くなるがはじめにこの家の経緯を説明したい。
ここは千葉さんの生家があった場所で、千葉さんは大学を出て働き始めると独立。数十年後お母さまが亡くなりお父さま一人住まいとなって、さすがに古くなった家の建て替えを考えたが、お父さまはマンションでいいと言うのでしばらく探したがなかなか決まらず、「折角だからお前の設計した家に住みたい。」と本音を漏らす。
そして千葉さんも入居する分離型の二世帯住宅を計画。ところがお父さまは、「なぜ同じ家に別々に住む必要があるのか。」となった。もう80代後半の父がそういうのは何か意味があるのだろうなと察し、一世帯住宅「父のための家」として再計画した。
2人の共同生活から半年ほどして、千葉さんが継子のいる昔なじみの方と結婚することとなり、男2人のために設計した家に突如女性2人が加わる4人家族の家となり、思いがけないエピソードが生まれる。
4人家族の生活が始まるが、お父さまは日増しに衰え歩くのもおぼつかなくなり、ケガもしたり、ヘルパーが出入りするようになる。そうなるといつもお父さまの様子を気に掛けたり、ヘルパーの対応をしたりとなり、結果的に一世帯住宅にして良かったなと思うようになった。
2年ほど経った頃、お父さまが骨折して手術のため入院することとなった。高齢での手術は負担が大きく、なかなか体力が回復できず最期は心不全でそのまま病院で2023年11月、91歳で亡くなった。
取材に訪れたのはそれから1年後となる。
(Photo: Koji Fujii)
少々長くなるがはじめにこの家の経緯を説明したい。
ここは千葉さんの生家があった場所で、千葉さんは大学を出て働き始めると独立。数十年後お母さまが亡くなりお父さま一人住まいとなって、さすがに古くなった家の建て替えを考えたが、お父さまはマンションでいいと言うのでしばらく探したがなかなか決まらず、「折角だからお前の設計した家に住みたい。」と本音を漏らす。
そして千葉さんも入居する分離型の二世帯住宅を計画。ところがお父さまは、「なぜ同じ家に別々に住む必要があるのか。」となった。もう80代後半の父がそういうのは何か意味があるのだろうなと察し、一世帯住宅「父のための家」として再計画した。
2人の共同生活から半年ほどして、千葉さんが継子のいる昔なじみの方と結婚することとなり、男2人のために設計した家に突如女性2人が加わる4人家族の家となり、思いがけないエピソードが生まれる。
4人家族の生活が始まるが、お父さまは日増しに衰え歩くのもおぼつかなくなり、ケガもしたり、ヘルパーが出入りするようになる。そうなるといつもお父さまの様子を気に掛けたり、ヘルパーの対応をしたりとなり、結果的に一世帯住宅にして良かったなと思うようになった。
2年ほど経った頃、お父さまが骨折して手術のため入院することとなった。高齢での手術は負担が大きく、なかなか体力が回復できず最期は心不全でそのまま病院で2023年11月、91歳で亡くなった。
取材に訪れたのはそれから1年後となる。
玄関。二層吹き抜けで北西向きのハイサイドライトから淡い光が注ぐ。
自他共に認める自転車好きの千葉さん。玄関は自転車を整備するガレージになっている。
一番左は2人乗り自転車。手塚貴晴さんからの結婚祝いのプレゼントで、妹島和世さんら仲間の寄せ書きがされている。
一番左は2人乗り自転車。手塚貴晴さんからの結婚祝いのプレゼントで、妹島和世さんら仲間の寄せ書きがされている。
振り返って1階はLDKと奥に寝室が一つ。
玄関エリアも含め3つの吹き抜けがある。
玄関エリアも含め3つの吹き抜けがある。
2階からの光は壁と天井に反射しながら1階のダイニングを明るく照らす。
キッチンにも手元を明るくする光が差し込む。
照明は天井のダウンライトのほか、壁を覆う書棚の最上段にLEDのライン照明が仕込まれている。
照明は天井のダウンライトのほか、壁を覆う書棚の最上段にLEDのライン照明が仕込まれている。
リビングエリアは光を抑え落ち着いた雰囲気。
床はコンクリートに表面硬化剤磨き仕上げ。コンクリートは120mm打ってその下に床暖房が入っている。コンクリートがかなり蓄熱するので電源を切っても長時間じんわりと暖かいそうだ。
床はコンクリートに表面硬化剤磨き仕上げ。コンクリートは120mm打ってその下に床暖房が入っている。コンクリートがかなり蓄熱するので電源を切っても長時間じんわりと暖かいそうだ。
冬は2階の開口から吹き抜けを介して太陽光が直接1階まで差し込んでくる。
外観を見ても分かるが建物のボリュームはかなり低い。1階の天高は2250mm、スラブも可能な限り薄くし、2階の桁下は1900mm程度に抑えている。できるだけ日陰を作らない近所で一番低い家を建てようと決めたためだ(お父さまが一人になってから隣家の方が声を掛けたり差し入れするなど、かなり気に掛けてくれていたことへの感謝の気持ちとのこと)。
採光の役割もありながら、天井の圧迫感を軽減するための吹き抜けでもある。
採光の役割もありながら、天井の圧迫感を軽減するための吹き抜けでもある。
キッチンの奥がお父さまの寝室兼書斎だったスペースで、今は千葉さんが書斎として使っている。
寝室は輻射式冷暖房機をパーティションとしながら引戸で仕切ることもできる。
お父さまはここから部屋を見渡しながら、2階にいる新しく来たお嫁さんに手を振ったり、キッチンにいるときは話しかけたりするのが大好きだったそうだ。
お父さまはここから部屋を見渡しながら、2階にいる新しく来たお嫁さんに手を振ったり、キッチンにいるときは話しかけたりするのが大好きだったそうだ。
書棚の一角にはお父さま千葉一彦氏の遺品が並ぶ。
一彦氏は映画の美術監督を経て、1970年大阪万博のテーマ館のサブプロデューサーを務め、岡本太郎と共に太陽の塔を実現させた。
書棚には万博のアルバムもあり、岡本太郎や丹下健三と共にミーティングをする写真などが残っている。
千葉さんは当時小学4、5年生で時々現場に連れて行ってもらい、その時の経験が建築の道に進もうと思うきっかけになったと言う。
一彦氏は映画の美術監督を経て、1970年大阪万博のテーマ館のサブプロデューサーを務め、岡本太郎と共に太陽の塔を実現させた。
書棚には万博のアルバムもあり、岡本太郎や丹下健三と共にミーティングをする写真などが残っている。
千葉さんは当時小学4、5年生で時々現場に連れて行ってもらい、その時の経験が建築の道に進もうと思うきっかけになったと言う。
なんと文京区のシンボルマークをデザインしたのも一彦氏であった。19歳の時に出したコンペで選ばれた。
2023年に文京区の特別区政功労賞を受賞。
2023年に文京区の特別区政功労賞を受賞。
2階へ。傾斜の緩い階段。
2階。光壺状の吹き抜けに光が吸い込まれていくようだ。
左手に子どもスペース、吹き抜けを挟んで右奥に水回り、右手の吹き抜けを挟んで主寝スペースとなる。
左手に子どもスペース、吹き抜けを挟んで右奥に水回り、右手の吹き抜けを挟んで主寝スペースとなる。
振り返ると横連のハイサイドライトが並ぶ。
左の吹き抜けはガラスで筒型にしたのは1階の換気のためで、左上の窓一つが開けられ重力換気が可能。
左の吹き抜けはガラスで筒型にしたのは1階の換気のためで、左上の窓一つが開けられ重力換気が可能。
構造は在来木造で、大梁(登り梁)を4対入れそれをタイバーで引っ張り、小梁は屋根を支え7,800×13,300mmの無柱空間を実現した。
梁やガラスに日が当たるとレイヤー状に光が注いでくるように見える。
様々な居場所があり思い思いに過ごすことができる。千葉さんは正面のキャビネットの上でMacを開いて、Zoom会議をしたりメールチェックすることも多いとか。
様々な居場所があり思い思いに過ごすことができる。千葉さんは正面のキャビネットの上でMacを開いて、Zoom会議をしたりメールチェックすることも多いとか。
反対側の奥は子どもスペース。当初千葉さんの書斎スペースで完全にオープンであったが、造作家具を置き、タイバーを利用してカーテンを引くことができるようにした。
中央に床置エアコンが見えるが、2階の空調も基本は3箇所設置した輻射式冷暖房機で賄う。
千葉さんは輻射式冷暖房機を今まで依頼された住宅で何度か採用を試みたものの、コストの面で不採用となり自身が設計した住宅で体験したことがなかったが、自邸でようやく採用できた。その性能を聞くと「本当に快適」だそうだ。
念のため床置エアコンを1台設置したが、猛暑の昼間だけは稼働させたとのこと。
また、エアコンの上の四角い筒は1階と2階の熱交換するためのもので、1階では玄関の下にダクトが見られた。
中央に床置エアコンが見えるが、2階の空調も基本は3箇所設置した輻射式冷暖房機で賄う。
千葉さんは輻射式冷暖房機を今まで依頼された住宅で何度か採用を試みたものの、コストの面で不採用となり自身が設計した住宅で体験したことがなかったが、自邸でようやく採用できた。その性能を聞くと「本当に快適」だそうだ。
念のため床置エアコンを1台設置したが、猛暑の昼間だけは稼働させたとのこと。
また、エアコンの上の四角い筒は1階と2階の熱交換するためのもので、1階では玄関の下にダクトが見られた。
子どもスペース。壁に沿って造り付けられた机は、そのまま一筆書きで吹き抜けの周りを縁取りながら水回りまで連続する。その上にある白いバーはLEDのライン照明だ。
年頃の娘さんに対して壁を設けて個室にすることを提案したものの「ここに壁を作ったらこの家の素晴らしさが台無しになってしまう。」と言ってくれたそうだ。結果多くの時間をリビングで過ごしているという。
年頃の娘さんに対して壁を設けて個室にすることを提案したものの「ここに壁を作ったらこの家の素晴らしさが台無しになってしまう。」と言ってくれたそうだ。結果多くの時間をリビングで過ごしているという。
主寝スペース。2階は千葉さん1人で使う計画だったので、仕切りなどプライバシーに配慮する必要がなかったが家族が増え、いくつかカーテンやブラインドが取り付けられることとなった。
自身の家を初めて設計してみて、「自分の設計スタイルの好き嫌いがよく分かった。特に部屋を仕切るのは改めて嫌いなのだなと思った。」と千葉さん。
自身の家を初めて設計してみて、「自分の設計スタイルの好き嫌いがよく分かった。特に部屋を仕切るのは改めて嫌いなのだなと思った。」と千葉さん。
吹き抜けは採光の為だけでなく、下で生活するお父さまと相互に気配を感じられるようにするためでもあった。
主寝スペースの横は箱形で置き家具のようなウォークインクローゼット。
右奥から水回りに通じる。
右奥から水回りに通じる。
大きな開口では正対して家具を置き、外部からの視線をコントロールしている。
水回りから元書斎まで見通せるのも “千葉さんだけの部屋だった” ためだ。
母娘のために浴室に間仕切りを作ろうかと図面を描いて見積まで取ったが、暫く使ったら慣れて不要になってしまったそうだ。
千葉学さん
「高齢になった父が、老朽化した実家で一人暮らししている状況を放ってはおけず、父の面倒を見ながら一緒に暮らそうと決意して建てた家です。『父の家』と名付けましたが、その意味では僕の自邸でもあります。
男2人で住むのだから、余計な間仕切りはいらない。おおらかなワンルームを積層させ、父の様子を窺えたり、お互いの気配が感じられたりするような関係性をデザインしよう。いつも父のことを気にかけてくれていたお隣さんに影を落とさぬよう、家の高さを可能な限り抑えるという利他的な判断も楽しみたい。昔からこの地に建ち並んでいた木造切妻屋根の原風景も大切にしたい。そんな想いが重なって、互いに心地良い距離感を築ける家になりました。
近年、親の介護は『施設』に委ねられがちですが、ここではあえて自らが当事者となり、かつては誰もが当たり前に行っていたことに身を投じようと考えました。『生きる』ために必要なことが全て『サービス』に置換されてきた20世紀的生活に抗うことを、まずは身近な生活から始めてみる。そこから拓ける未来に可能性を感じているからです。」
「高齢になった父が、老朽化した実家で一人暮らししている状況を放ってはおけず、父の面倒を見ながら一緒に暮らそうと決意して建てた家です。『父の家』と名付けましたが、その意味では僕の自邸でもあります。
男2人で住むのだから、余計な間仕切りはいらない。おおらかなワンルームを積層させ、父の様子を窺えたり、お互いの気配が感じられたりするような関係性をデザインしよう。いつも父のことを気にかけてくれていたお隣さんに影を落とさぬよう、家の高さを可能な限り抑えるという利他的な判断も楽しみたい。昔からこの地に建ち並んでいた木造切妻屋根の原風景も大切にしたい。そんな想いが重なって、互いに心地良い距離感を築ける家になりました。
近年、親の介護は『施設』に委ねられがちですが、ここではあえて自らが当事者となり、かつては誰もが当たり前に行っていたことに身を投じようと考えました。『生きる』ために必要なことが全て『サービス』に置換されてきた20世紀的生活に抗うことを、まずは身近な生活から始めてみる。そこから拓ける未来に可能性を感じているからです。」
【父の家】
Father's House / Manabu Chiba
設計・監理:千葉学建築計画事務所/千葉学・影沢多恵・田中秀一・中川広海・高山三佳
構造設計:平岩構造計画
設備設計:ymo
照明デザイン:岡安泉照明設計事務所
ファブリックデザイン:安東陽子デザイン
施工:江中建設
主要用途:専用住宅
階数:地上2階
構造:木造在来工法
最高高さ:7,500 mm
敷地面積:186.90 ㎡
建築面積:103.74 ㎡
延床面積:186.09 ㎡
建蔽率:55.51%(許容60%)
容積率:87.67%(許容150%)
用途地域:第1種低層住居専用地域、準防火地域、第1種高度地区
Posted by Neoplus Sixten Inc.
Father's House / Manabu Chiba
設計・監理:千葉学建築計画事務所/千葉学・影沢多恵・田中秀一・中川広海・高山三佳
構造設計:平岩構造計画
設備設計:ymo
照明デザイン:岡安泉照明設計事務所
ファブリックデザイン:安東陽子デザイン
施工:江中建設
主要用途:専用住宅
階数:地上2階
構造:木造在来工法
最高高さ:7,500 mm
敷地面積:186.90 ㎡
建築面積:103.74 ㎡
延床面積:186.09 ㎡
建蔽率:55.51%(許容60%)
容積率:87.67%(許容150%)
用途地域:第1種低層住居専用地域、準防火地域、第1種高度地区
Posted by Neoplus Sixten Inc.